妙法湯
洒落た雰囲気を醸す、江戸紫ののれんが目印の「妙法湯」。戦時中は軍関係者が入浴する施設として使われていたこともあるが、創業から80有余年続く老舗銭湯だ。ここで、さまざまな人々のストーリーを見届けてきたのが、三代目店主の柳澤幸彦さん。まちの人々を温めるだけでなく、銭湯の枠を超えた活動でさまざまなムーブメントを起こす仕掛け人としても知られている。「銭湯を地域のランドマークにしたい」と、話す柳澤さんが考える銭湯の存在意義とは。まちと人とをつなげる取り組み、そして、代々育み続けてきた妙法湯への思いについてお話をうかがった。
リニューアルに注いだ独創性で、銭湯にプラスアルファの魅力を
西武池袋線・椎名町駅から徒歩2分、池袋から一駅先とは思えないほど閑静な住宅街に位置する妙法湯。2019年1月に30年ぶりとなるリニューアルオープンを実施し、地域住民のみならず日本全国、海外からも“わざわざ訪れたい”人気銭湯として注目を浴びている。随所に感じられるのは、店主である柳澤さんの心配りから生まれるこだわりと追求心だ。
「一番こだわりたかったのが、水のリノベーション。いろいろ案はあったのですが、どうせなら日本初のものを取り入れようということで採用したのが『軟水炭酸シルキー風呂』です。肌に潤いを与える軟水、新陳代謝を促す炭酸ガス、ニオイや汚れを除去するナノマイクロバブル。これら全てを融合し、完成させた風呂なんです。3つの成分をバランスよく調整するのはかなり難易度の高いものでしたが、どうしても水質にこだわりたい理由がありました。民生委員を担当していたとき、おじいちゃんと仲のよかったお孫さんが成長するにつれて距離を取るようになる事案がいくつもあったんです。理由を尋ねると、『おじいちゃん、臭いから』だって……。ニオイが原因で心が離れてしまうなんて悲しすぎるじゃないですか。だから、ニオイが取れるお湯は絶対に完成させたかった!」
柳澤さんのこだわりは、水質だけではない。一般的には2枚の電極板を使っている銭湯が多い中、妙法湯の電気風呂は電極板を4枚使用。常に新鮮なお湯が楽しめる、浴槽からの惜しみないオーバーフロー。ウルトラファインバブルとマイクロバブルを発生させるシャワーヘッド。サウナ好きをうならせる110℃(女性は100℃)の高温サウナ。妥協なきリニューアルを実現させるために、建築設計するパートナーにもこだわった。
「他の銭湯が既に取り入れているような、紋切り型では未来がないと思ったんです。だから、リニューアルは銭湯を建築設計したことのない、ステレオタイプにとらわれない方にお願いしたかった。依頼したのは自宅の修繕に携わってくれた若いデザイナー。結局、彼が銭湯のことを学びきるまで5年ほど待ったわけですが、見た目のきれいさや設備の充実性はもちろんのこと、床材やタイル、接着剤という細かい部分まで妥協せずに完成させることができました。彼のセンスに賭けて正解でしたし、本当に感謝しているんですよ」
熱意とつながりの輪で実現させた、銭湯目線のまちおこし
まちと人を知る、地域コミュニティの場として歴史を刻んできた銭湯。「従来のお風呂屋の商圏は自転車で15分」だったというが、昨今のサウナブームで客層に変化が生じた。ここ妙法湯にも埼玉や神奈川といった隣県のみならず東北、北陸など遠方から足を運んでくれる方が増えたそう。
「最近は、外国からのオファーもあるんですよ。昨年は台湾政府に招待され、台北市の『北投温泉博物館』と妙法湯のコラボレーション企画が実現しましたし、今は韓国から提案が来ています。こんなふうに妙法湯が全世界に知られるきっかけを作ってくれたのが、立教大学の留学生で『銭湯大使』を務めるフランス人のステファニー。彼女が日本の銭湯の文化、魅力を世界中に発信してくれました。彼女が妙法湯に来たときは、近所の女性たちが着物を着せてあげたり、ハロウィンの仮装を一緒にしたり。そんな新しい交流が生まれたのもうれしかったですね」
東京都浴場組合広報委員副委員長を務め、銭湯のイメージをブラッシュアップさせるアイデアマンでもある柳澤さん。電動キックボードシェアリングサービス「LUUP」の導入、オリジナルビールなどコラボレーション商品の開発、※としま会議の会場提供など、新しい取り組みにも積極的だ。
※としま会議: “豊島な人々” をジャンルや世代を越えて集め、豊島区のさまざまなヒトやコトを紹介しながら、参加者同士の交流を促すイベント
「かつての銭湯は、一つのカランを3人で使うほどにぎわっていたんです。時代が変わり、豊島区の銭湯もどんどん減少しています。だからこそ、スモールスタートでいいから僕ができることは全てやりたいんです。こうやってチャレンジできるのは、やはりまちや人とのつながりがあるから。と色々なまちのプレイヤーからたくさんのことを学ばせてもらいました」
フロントや休憩室には近隣の企業や商店街、豊島区や東京都と協力してつくり上げたコラボレーション商品、地元のイラストレーターや芸術家の作品も数多く並ぶ。そして、メディアでも大きく取り上げられるほど話題を集めたのが、教育活動への提案だ。
「昆布業者から譲り受けた昆布で、『こんぶ湯』のイベントを始めました。昆布は肌にいいだけでなく、環境にもいい。杉の5倍も二酸化炭素を吸収することができて、海洋中のゴミをキャッチしてきれいにしてくれます。これは、小学生の環境学習に使えるんじゃないかと思ったんですよね。子どもたちに洗ってもらった昆布をこんぶ湯として使い、使い終わった昆布は障害者施設の方たちに干してもらう。そして、それを埼玉県狭山市にある茶畑の肥料にするというサイクルを作り、SDGsの活動例をつくることができました」
気軽に集えるという銭湯の醍醐味も大切にしていきたい
できるだけ番台に立ってお客さんと会話を交わすことも、柳澤さんが店主として大切にしていることのひとつ。新しい感覚を取り入れる一方で、昔ながらのローカルな銭湯スタイルを守り続けたい。この地で生まれ育ち、妙法湯を通して地域を見守ってきたからこその想いもある。
「昔は近所の人が集まって情報交換する場でもあったわけですし、地域に密着しているからこそできる役割があります。お客さんと接することでひらめくアイデアもあるんですよ。たとえば豊島区は一人暮らしの高齢者が多く、孤立してしまったりお風呂に入れなかったりという方も少なくない。そういった方のために提供しているのが、高齢者向けのサロン。男女脱衣場の境界となる間仕切り壁は可動式になっていて、イベント時にはオープンにして広く使うことができます。クリスマスリースやお正月飾りを作るイベント、『歩き方教室』なども開催しました。いま考えているのが『子ども銭湯』。親が買い物などをしている間の託児施設として利用できれば、子育て世代のサポートができるんじゃないかな」
柳澤さんの原動力となっているのは、「時代が変わっても、銭湯を後世に残していきたい」「四代目を担う息子に確かなたすきをつなぎたい」という強い使命だ。その熱い気持ちがまちや人を動かし、“スモールスタート”が銭湯業界全体に普及するほど大きく成長したプロジェクトもある。銭湯から人へ、まちへと革命を起こす妙法湯。温もりとワクワクを生み出し続ける今後の活動にも期待したい。
文:濱岡操緒 写真:北浦汐見