ニシイケバレイ
西池袋の路地裏に広がる「ニシイケバレイ」は、古い平屋を改築したカフェ「Chanoma」を中心に、集合住宅とお店が入り交じるユニークなエリア。つくったのはこの土地の大家さんである、第17代目当主の深野弘之さん。“顔がみえる関係性”の生まれる場所をつくりたいという想いが、この土地の歴史を変えることになった。
住む人と外から来た人が交差する小さなまち
ニシイケバレイとは、江戸時代から代々深野家が所有する約2,887m²のエリア一帯の名前。第17代目当主としてこの土地を引き継いだ深野さんは、もともと住宅だったこの土地にパブリックな機能を持たせることで、“顔のみえる関係性”のあるまちづくりをしたいと考えた。
「都会でも顔の見える関係性をつくりたいというのは、私が最初に勤めた『大地を守る会』(現在はオイシックスと合併)が原点だと思います。つくり手の顔がみえると食材自体により興味が持てるように、この場所に関わる人同士がなんとなくでもお互いのことを知っているだけで、相手への理解や想像力が生まれる。ニシイケバレイはまちに開けた、人と人とがふんわり繋がり合う場所にしたいと思っているんです」
戦争で焼け残ったという古く立派な木戸門をくぐると、古い平屋を改装したカフェ「Chanoma」に到着。その裏庭を抜けると1階に器の店「うつわ base FUURO」が入る集合住宅、そのまた奥には築54年の木造アパート『白百合荘』を改築した建物があり、ここにも飲食店(わく別誂)とシェアキッチン、コワーキングスペースが入っている。
「Chanomaになっている平屋は祖父が退職金をはたいて建てたもの。ここだけはほぼ変えず、太い梁や縁側もそのままにしています。木戸門も平屋も年代物ですが、10代の子が『かわいい〜』と写真を撮ってくれるので残してよかったです。50年ものあいだ集合住宅だった白百合荘は、たくさんの人が訪れる場所に変身しました。シェアキッチンは店舗型なので、日替わりでいろいろなお店が入っているし、コワーキングスペースのメンバーも多種多様。白百合荘も第二の人生をたのしんでくれているといいですね」
Chanomeの横にそびえる14階建ての集合住宅(MFビル)のテラスには、パルクール練習場を設置。日本パルクール協会会長の佐藤惇さんが筆頭となって指導する教室を開講している。敷地を散策しているといたる所に深野さんが大好きな草木が植えられていて、生き物の姿が見られることも。ニシイケバレイは住む人と外から来る人が入り交じる、まるでひとつの小さなまちのような場所だ。
次の世代へ、良い形でまちを引き継げるように
ニシイケバレイの構想は深野さんだけでなく、豊島区で活躍するプレイヤーたちが集まったプロジェクトチームで進められた。相続の時が迫ってきた深野さんは、大家として何ができるかを模索するため「としま会議」などに参加。さまざまな出会いを通して大家業の重要さに気づき、豊島区オールスターズともいえるメンバーとタッグを組むことに。
※としま会議: “豊島な人々” をジャンルや世代を越えて集め、豊島区のさまざまなヒトやコトを紹介しながら、参加者同士の交流を促すイベント
「としま会議に参加したことで、池袋にこんなに面白いことをやっている人たちがいるんだということを知りました。また住人やテナントを採用する大家には、『まちをつくる』という大切な役割があるということも学んだ。そこであらためて自分の土地に向き合った時、きちんと付加価値を付けて、良い形で次世代に引き継ぎたいという想いが生まれました。それで『シーナと一平』を運営している日神山晃一さんや、ダマヤカンパニーの木本孝広さん、建築家の須藤 剛さんなど、としま会議で出会った面々と一緒にやることになったんです。みんなとしま会議で出会った面々で、僕と同じように土地を相続したり、面白いことが好きだったりという共通項がありましたね」
もうひとつ深野さんが影響を受けたのは、墨田区の住宅街に誕生したお店「喫茶ランドリー」と手掛けた田中元子さん。彼女が掲げる「1階づくりはまちづくり」というモットーに深く共感し、ニシイケバレイの住宅も1階をテナントにすることで、まちに開くことを思いつきます。
「ニシイケバレイには約100世帯の人が住んでいるんですが、隣同士のことはほとんど知らない状況でした。それでもし集合住宅の1階がお店になっていたら、家というプライベートな空間に入る前に、すこしパブリックな生活エリアが生まれるんじゃないかと思ったんです。それが『顔がみえる関係性』のきっかけになると思い、1階にテナントを入れました」
先祖代々17代も続いてきた土地でありながら、「自分の土地という意識はない」と深野さん。まちの人が自由に使い、この場所の関係人口が増えていくことが深野さんの願いだ。
「この土地への執着心もないし、たまたま私が持っていただけという感覚。だからこそみんなに使い倒してもらいたいという気持ちがあるし、たまたま同じ時代を生きて知り合った人たちと、一緒になにかできたらいいなと思っています」
いまの池袋には、なにか生まれやすい環境がある
大家として、まちのプレイヤーとして、ここ数年ずっと豊島区を見てきた深野さん。彼いわくいまの豊島区は、とても良いグルーブ感に包まれているのを肌で感じるという。
「CCC(Cleanup & Coffee Club)という活動や、豊島区の中でなにかやりたいというエネルギーが生まれて、それがどんどん飛び火している感じがします。それもプレッシャーなくゆるい感じなのがいいし、生まれたアイデアに対して寛容だからこそ、なにかが生まれやすい環境も整っている。まちづくりを一丸となってやっている感覚には、可能性しか感じません。この時代に豊島区にいられて、本当によかったです」
※CCC:まちでゴミを拾い、終わったあとはみんなでコーヒーを飲み交流する活動。普段話したことのない人同士がつながり合える。
もっとまちに関わりたいと思っている住民が、どうすればまちづくりに参加することができるのか。深野さんにアドバイスを求めると、「神輿を担ぐこと!」と、とてもクラシックな答えが返ってきた。
「毎年9月に『ふくろ祭り』という例大祭があるのですが、うちの町会でも神輿を出すんです。祭りはまちのハブですし、祭りが盛り上がっているということはまちが盛り上がっている”ことと同じだと思うんです。もちろん肩を入れなくても、一緒に並んで歩くだけでも楽しい。町会に入っていなくても参加できるので、ぜひ多くの方に来ていただきたいですね。きっとまちの面白さに気づくことができると思います」
文:井上麻子 写真:北浦汐見