東京芸術劇場
1990年に東京の音楽・舞台芸術に関する総合文化施設として池袋駅西口に建設された東京芸術劇場。ガラス張りのモダンな外観は池袋西口のランドマークにもなっている。世界最大級の回転式パイプオルガンを有する音楽専用のコンサートホールのほか、演劇やダンスなどの公演を行うプレイハウスなど大小4つのホールを備える、“芸劇”。誕生の背景や開館から33年が経った現在のさまざまな取り組みの内容、さらには地域に根差した劇場として、今後どのような役割を担っていきたいかなど、副館長を務める鈴木順子さんに話を伺った。
芸術文化の創造発信拠点として誕生
東京芸術劇場が誕生したのは1990年のこと。設立にはどんな背景があったのだろうか。
「池袋は昭和初期から西口周辺を中心に画家や彫刻家などが暮らすアトリエ村が点在しているなど、芸術のまちとしての側面を持っていました。西口の喫茶店や酒場には、若い芸術家の卵や作家、詩人、文化人たちが集い、交流がさかんに行われるなど活気に満ちたまち。その雰囲気がパリのモンパルナスを思わせることから『池袋モンパルナス』と呼ばれていたときも。戦後の昭和23年(1948年)には、市村正親さんや役所広司さんらを輩出した舞台芸術学院が誕生するほか、劇場も点在し、演劇、音楽、パフォーマンスのまちとして輝きを放っていたのです。そうした池袋に、芸術文化施設設立の話が沸き起こったのは昭和47年(1972年)のこと。もともと戦争で焼け野原となった西口エリアに長らくあったヤミ市と東京学芸大学附属豊島小学校の跡地を東京都が国から取得し、その場所に文化都市、東京を世界に示す総合芸術文化施設の建設が持ち上がりました。豊島区立池袋西口公園も整備され、構想から18年のときを経て、公園広場と一体となる東京芸術劇場が誕生。演劇のまちという歴史を象徴する新たな殿堂として国内外に芸術文化を発信する場となったのです」
2009年には日本を代表する演劇人でもある野田秀樹さんが初代芸術監督に就任。先進的なプログラムを展開するなど、常に注目を集める存在に。
「野田さんの就任によって、古典の新演出から既成のジャンル分けを超えた実験的な作品まで、さまざまな自主企画公演が開催されるようになりました。さらに、2012年のリニューアルを機に、劇場が出会いや交流の場となるような方針が打ち出され、単なる“貸し劇場”として運営するのではなく、音楽・舞台芸術表現の次世代の可能性を探求する劇場としての存在価値も一気に高まりました。現在では、“芸術文化の創造発信”、“人材育成・教育普及”、“賑わい”、“国際文化交流”の拠点となる東京都の音楽・舞台芸術を代表する“顔”として歩みを進めています」
自由に集まり、自由に芸術を楽しめる場
鈴木さんが芸劇の一員になった2014年、劇場や池袋のまちはどんな状況にあったのだろうか。
「当時、池袋のある豊島区は消滅する可能性がある都市と指摘され、報道メディアでも大きく取り上げられていました。そこで、“消滅可能性都市”からの脱却を目指し、区をあげてさまざまな施策がなされることに。そのひとつとして地域と連携しながら、舞台芸術や音楽芸術を発信し、文化芸術の土壌を醸成する中心的場所になったのが東京芸術劇場です。ちょうどその頃、開館25周年という節目を迎える時期でもあり、さらに自主事業に力を入れることになりました。そして芸劇としての今後の方向性を見据えた公演として開催されたのが東京芸術劇場開館25周年記念コンサート『ジョワ・ド・ヴィーヴル-生きる喜び』です」
2015年11月に開催された25周年コンサートは「芸劇がいま面白いことになっている」と、話題を集め、強力な存在感を放つきっかけにもなった。
「芸術監督を務めたのは、若き音楽家の鈴木優人さん。3章からなるプログラムは、オルガンと歌、ダンスと即興演奏を組み合わせたり、芸劇が育成している芸劇ウインド・オーケストラが『火の鳥』を演奏したり。さらには、東京交響楽団により20世紀最大の音楽作品とも言われるメシアンのトゥーランガリーラ交響曲の演奏が行われるなど斬新かつ大胆な内容が注目を浴びました。音楽や芸術分野のこれまでとこれからを発信していこうとする芸劇のメッセージは明るい未来を感じていただくことができました」
数多くある劇場のなかで、他にはない東京芸術劇場の魅力とはいったいどんなことなのだろうか。
「まず挙げられるのが、建物自体も、定期的に開催されるフェスも、敷居を感じさせない自由度の高さ。館内のアトリウムはパブリックスペースとして誰でも自由に入れ、待ち合わせや休憩にも使っていただけます。イベントでいうと、毎年ゴールデンウィークに開催しているTACT(Theater Arts for Children and Teens)フェスティバルでは、池袋の街中で無料で聴ける街角LIVE!や、ファミリー、ティーンズも楽しめるコンサート、ポップなダンス公演や落語など、子どもから大人まで楽しめるコンテンツを毎年用意しています。誰もが自由に集まり、自由に芸術文化を楽しめる空間。それが芸劇ならではの魅力ではないでしょうか」
※公演は終了しております
芸術文化の魅力を伝える人材育成にも寄与
開館から30年を超えた東京芸術劇場。実際に足を運んでみると平日でも多くの人々がアトリウムの中や外で憩う姿を見ることができる。
「親子連れや外国人観光客、制服を着た修学旅行生もいて、本当にいろんな方が芸劇のある空間を利用してくださっています。公共のスペースとして利用していただきつつ、舞台芸術や音楽芸術をより多くの方に体験してもらえるよう働きかけを行うのが私の役目。その働きかけとして、現在も、劇場ツアーやパイプオルガンコンサートなどを開催。劇場ツアーは、ツアーガイドの案内で劇場の中や外を歩き回り、ホールの特徴や建物の歴史、劇場スタッフだけが知っている裏話も交えてご紹介するなど、なかなか楽しい企画なんですよ。パイプオルガンコンサートは芸劇が誇るパイプオルガンの音色をランチタイムは500円、ナイトタイムは1000円とお手頃な価格で聴けちゃう。そのほか、東京芸術祭やサラダ音楽祭、ボンクリ・フェス(“Born Creative”Festival)など、まちぐるみで開催されるイベントでは、年齢も国籍も問わず、誰もが音楽や演劇、パフォーマンスを楽しめる内容を毎年ご用意しています。大切にしているのは、どの企画も一過性のものにしないこと。市民の皆さんに芸術に親しめる場を提供し続けるサスティナブルな劇場であることも重要だと考えています」
さらに、若手アーティストやスタッフなど次世代の芸術文化の担い手育成にも力を入れている。
「日本のプロフェッショナル管打楽器奏者のレベルアップを目的とした若手演奏家の育成事業『芸劇ウインド・オーケストラ・アカデミー』では、主に音楽大学を卒業した20名の若手演奏家が在籍しています。アカデミー生は、東京芸術劇場のレジデント演奏家として、出張演奏を行い地域に音楽を届ける役割も担っているんです。芸劇がこのまちにとって誇れる場であり続け、そして、“Joie de Vivre(生きる喜び)”をより多くの人に感じてもらえたら本望です。これからの芸劇にもぜひご期待ください」
文:堀 朋子 写真:鈴木優太
※掲載写真の一部は取材先よりご提供いただいております。