豊島区には、重要文化財に指定されている2つの建造物があるのをご存じだろうか。雑司ヶ谷鬼子母神堂、そしてもう一つが、近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトが設計した学校建築として知られる、「自由学園明日館(じゆうがくえんみょうにちかん)」だ。現在、学校機能を持っていない館は、さまざまな講座や催しが行われる人々の活動拠点として活用されている。2022年の夏には、豊島区制90周年記念の一環である親子イベント「としまでまなぶ夏の1日」が開催され、区内を中心に多くの子供たちが館を訪れた。今回は、そんな明日館の6代目館長を務める福田竜さんに、館の概要やこれまでの取り組み、今後の展望に対する想いについて話を聞いた。
自由な発想でイベントができる、稀に見る重要文化財
1921年に建設され、2021年には築100年を迎えた自由学園明日館が学校として利用されていたのは13年間。その後、学校機能は東久留米市に移されたが、校舎は老朽化を理由に一時は取り壊しが検討されたこともあった。しかし、保存運動が起こり、多くの人達が本館の行く末について真摯に議論を行った結果、保存が決まったのだという。1997年に重要文化財の指定を受けると、館は3年かけて修理を実施。その後はより一般の方に向けて外に開かれた場所にして後世に残していこうと、場の貸出事業を通して建物の維持管理を行っているという。
「主催している建物見学のほか、展示会やコンサート、ドラマ撮影、ファッションショーや結婚式まで、ありとあらゆること貸し出しをしています。我々自由学園明日館が主催のものより、企業さんをはじめとする外部の方が主催で行うイベントが多いですね。外部の方が主催のイベントだと、コンテンツが我々の発想の枠を超えてくる面白いものばかりですね。私たちは建物を貸し出しますが、コンテンツについてはすべて主催者のアイデアです。」
主催者には、「建物を傷つけない、近所迷惑にならない」という根本的なお願いを中心にその他の規定も厳守してもらうが、快適に使ってほしいという思いもあり、規定内でどこまでできるのか打ち合わせることも多い。そのためか催されるイベントは、マスキングテープで建物をラッピングしたイベントなど、自由な発想から生まれたユニークなものも多い。
「近代建築の重要文化財を貸し出す所は、自由学園明日館が先駆けとも言われているんですよ。もともと校舎として作られたので、この場所は触れてはいけないなどハード面でもそこまで扱いに厳しいわけではありません。その点が、いわゆる我々の貸出の強みにもなっているのだと思います」
建築を学びながら、スタッフとして働き、館長となった今
実家の設計事務所を継ぐために、大学時代は建築の勉強をしていたという福田さん。自由学園明日館に見学に来た際に見つけた求人募集に興味がわき、応募した所スタッフとして採用されることに。スタッフとして貸出業務を始めて約18年、今は館長として運営全般に関わる業務を行なう日々だ。
「自由学園明日館に見学に来た時、私は金髪のプー太郎でした(笑)。当時の館長の建物ガイド聞いて、こういった建物を管理するのも面白そうだなと思ったんですよね。帰宅後、HPを確認したら求人が出ていた。最初は数年で辞めようと思っていましたが、経験が蓄積されていくうちにだんだんと辞める気もなくなって。結局設計事務所を継がず、親には申し訳ないなと思いつつ今に至るといったところです」
大学時代は昼間に仕事をして、夜に大学で勉強していたという福田さん。自由学園明日館で働くようになってからは、建築のことをはじめ、大学では学べないさまざまなことを学ぶことができたという。
子ども達に夏の思い出作りを。
20年以上続けてきた親子向けイベント
これまでに多種多様なイベントを行ってきた当館だが、長年にわたり主催で続けているのが、夏場の親子向けイベントだ。イベントの経緯と背景にある想いを尋ねると、福田さんからは次のような答えが返ってきた。
「学校の校舎だったということで、大切にしていることの一つは“学び”です。毎年夏休みになってすぐくらいに、自由研究にもなるような親子イベントを行っています。当館のお客さまとしてお子さんは決して多いわけではないのですが、ここで思い出づくりをしてもらえれば、当館を記憶に残してもらえる。そして大人になったらここで結婚式をしてくださるようになったり、先々につながっていったりするんですよね」
2022年8月11日にも「としまでまなぶ夏の1日」と題し、親子イベントを開催。サンシャインシティが提供する防災体験イベントや、パトカーや消防車、白バイの乗車体験ができる目白警察署と池袋消防署のイベント、デパートの仕事の一部を体験できる西武池袋本店のイベントなど、豊島区に所在する企業や団体、学校がコンテンツを持ち寄ってさまざまな催しを行った。
「どの団体様も独自の強みを生かしたイベントで、どれもおすすめですが、うちのスタッフの中で一番話題になったのは豊島区提供のゴミ収集車へのゴミの詰め込み体験。スケルトンのゴミ収集車が来て、車内の収集の仕組みが外から見られて面白いんですよ」
親子向けイベントを複数の企業や団体と協力して行うのは、今回が初めてだったという福田さん。文化財を所管する教育委員会にも協力してもらい、告知チラシも区内の全小学校に配布した。開催にあたり、参加した親子にどんな学びを持ち帰ってもらいたかったのか、目的について聞いてみた。
「楽しかった、という気持ちでしょうか。きっとコロナ禍で一番苦労したのって子ども達なんじゃないかなと思うんです。それから、以前にはこんなこともありました。意外にも親御さんが真剣になるんですよね。お昼休憩で子どもはご飯を食べてひと休みしていると、親の方がすぐに戻ってきて取り組み出したり(笑)。そんな普段は見られない親の様子を見て、「お母さんってこんなに絵がうまいんだ」など、お子さんの親の見方が変わる。だから子どもイベントではなく親子イベントなのです。こちらから学んでほしいと強制しなくても、イベントに来て楽しんでもらうだけで、きっと知らないうちにいろんなことを学んでいると思うんです。大人になってからも、ここでの体験を覚えてくれていたらうれしいですよね」
地域に向けた催しで、地域の人が集まる存在に
貸出事業を始めた当初、建物を維持管理していくので精一杯だったが、年を追うごとに地域に向けて取り組みを行う余裕もだんだんと出てきたという。そんな今日、地域にとって自由学園明日館がどんな存在でありたいか。最後にその想いを福田さんに聞いてみた。
「スタッフの人数や規模的に、我々が外へ出て何か活動をすることはなかなか難しいかもしれません。でもその代わり、地域の方達が寄ってきてくれる。そんな存在になれればいいなと思っています」
自由学園明日館の設計者であるフランク・ロイド・ライトは、「自由学園という名にふさわしい、自由なる心こそが校舎の意匠の基調」と語ったという。カテゴリーを越えてさまざまな取り組みを行う姿は、時を超え、形を変え、その自由な心が引き継がれた結果といえるかもしれない。どんなことがこの場所で生みだされていくのか、今後もますます楽しみだ。