暮らす人も働く人も。みんなが「このまちで良かった」と思えるように
豊島区を起点に、全国40カ所で月に一度開催されている「Cleanup & Coffee Club」(以下、CCC)。ごみ拾いをした後に、コーヒーを飲みながら参加者が交流するという新しいスタイルの地域コミュニティで、その代表理事を務めるのが高田将吾さんだ。コロナ禍で不安や孤独を感じている人々と居心地のいい場所を作りたい、地元に友達を作りたいというシンプルな思いからスタートした活動だが、発足からわずか3年で急成長。CCCの今の姿は、高田さん自身も想像していなかったという。CCCを通じて地域とのつながりを築き、豊島区への定住も決めた高田さんが、このまちで活動を続ける理由とは。
CCCの入り口となったのは、コロナ禍での引っ越し
高田さんと豊島区との出会いは、およそ3年前。夫婦で住んでいた渋谷区から池袋に住まいを移したその時期は、コロナ禍でありCCCが発足した年でもある。この引っ越しが高田さんの人生の転機となるのだが、まずは豊島区への移住を決めた理由を聞いてみた。
「夫婦共に仕事が忙しくて自宅にいる時間が少なかったので、住まいにはあまり広さを求めていませんでした。渋谷にはカフェや居心地のいい飲食店がたくさんあるし、まちをリビングのように使って過ごそうと考えていたんです。ところが、コロナ禍によってこれまでのようにまちで過ごすことができなくなってしまって……。狭い空間で夫婦そろってリモートワークというのにも無理を感じ、引っ越しを決めました。豊島区を選んだのは、妻の家族が近くに住んでいたから。こんな時期だし、頼れる人が近くにいてくれた方が妻も安心できるんじゃないかと思ったんです」
豊島区への引っ越しを決めたタイミングで、顔見知りだった豊島区在住の夏井 陸さんに連絡を取り「何かやろう」と意気投合したのがCCC発足のきっかけとなった。
「CCCの源流にあるのは、原宿のキャットストリートでごみ拾いの活動をしている地域コミュニティへの憧れでした。かっこいいなと思って参加の意思を伝えたことがあるのですが、『ごみ拾いは家の前でもできるはず。わざわざ遊びに来るようなものじゃないよ』って言われてしまって。なるほどって思ったんです。彼らは地域のつながりのために活動しているわけであって、観光目的ではない。コロナ禍で人と会えず『近所に友達がいたら』という思いもありましたし、だったら僕らも地元でやろうということでCCCを立ち上げました」
もちろん、CCCを始めたのはそれだけが理由ではない。高田さんの本職は、メーカーの研究開発部門のデザイナー。サービスデザインやコミュニティデザインを通じたまちづくりの業務に携わっていることも、活動のルーツとなっている。
「もともとは高専で電気電子工学の勉強をしていたのですが、コミュニティデザインを手掛ける山崎 亮さんの活動を見たときに、僕がやりたいのはこういうことだと感じたんです。工学だけを極めても、消費者や市民とコミュニケーションができなければ、その価値を最大限に発揮することは難しい。でも、デザインを使えば、その価値や裏側にある課題も同時に伝える事ができ、より大きな価値を届けられるんじゃないかって。高専卒業後に大学に編入し、まずはグラフィックデザインやエディトリアルデザインを専攻し、大学院ではサービスデザイン、コミュニティデザインを学びました。卒業後、今の会社に就職。鉄道会社や自治体の方々との共創を通じて、まちのありたい姿とそこに向けてどう事業を進めるかを考えるような仕事を担当しています」
自分の進むべき道を見つけ、まちづくりの仕事に携わるという夢をかなえた高田さん。しかし、その中で募っていったのは、まちづくりの専門知識がないというフラストレーションだった。
「デザイナーという肩書があると、まるでまちづくりのプロフェッショナル・専門家かのように見られがちなんですが、僕が提供できるのは、デザイナーとしての視点だけ。まちづくりにはもっと多様な視点が必要ですし、そもそも実践経験が足りていなかったんですよね。それが、自分の中で恥ずかしくて……。もっと多様な視点を知りたいし、手触り感のあるまちづくりの経験を持った上で、仕事をしたいと思ったんですよね。そのためにCCCの活動が必要でしたから、ある意味、CCCは自己投資でもあるんです」
CCCの活動も、出会えた仲間も大切な宝物
高田さんと夏井さんの二人でCCCを立ち上げ、2023年には伊東 裕さんが運営メンバーに参画。さらには、法政大学の学生が南池袋の拠点の運営を担ったり、豊島区でまちづくりに取り組む他団体とのコラボレーションが生まれたり。CCCは、高田さんが思い描いていた以上のかたちへと成長した。
「『顔見知りが増えたらいいな』くらいの気持ちで始めたことが、今や僕の手を離れるほどまで広がりました。僕がいなくても活動が成り立つのはありがたいですし、CCCを通じて知り合った人たちが飲みに行ったり遊びに行ったりしているのを見るとやっぱりうれしい。活動がまちの美化ということだけでなく、まちとつながる人が増えたらいいなというのが僕らの願い。池袋のような大都市の場合、人々はまちの消費者として過ごすことが多いものですが、自分の生活の延長線上にまちを捉えることができると、まちの見え方が変わってきます。『こうだったらいいな』という思いが湧いてきたり、それが新たなイベントやまちへの働きかけを生み出したりするきっかけになると思っています」
活動が拡大しても、変わらず守っていきたいのは「地域に友達を作る」という原点。そして、「自分の暮らすまちを大切に思ってほしい」と願う高田さんのチャレンジは、まだ始まったばかりだ。
「僕が飽き性というのもあるんですが、みんなも同じことを繰り返していたら飽きると思うんですよね。土曜日の朝という自由に使える時間の中で『楽しいな』『面白いな』と思ってもらうためには、常に新しいことを提供しなければなりません。『ワクワクするようなかっこいいものでありたい』というのもCCCのこだわりですから、どうやって新しい人に参加し続けてもらえるかという点は今後も頑張っていきたい部分ですね。僕にとって、CCCは宝物ですから!」
大都市ながら有機的なつながりがある。だから池袋は面白い!
CCCの代表理事として、豊島区の住民としてさまざまな人と出会い、まちと関わってきたこの3年。求めていた“手触り”が確かなものとなったベースには、池袋が持つまちの特性もあると高田さんは話す。
「一人では難しいことも、応援してくれる存在があれば可能となる。豊島区には、そんな“地域内関係資本”があると感じます。だから、まちの至る所でさまざまな活動が生まれ、広がりを見せるのでしょう。池袋は渋谷、新宿と並ぶ東京の副都心の一つ。そんな大都市で顔の見える関係性が築けるというのは、なかなかないですよね。暮らしと商業、行政と民間の距離が近いのは、高際区長がリーダーとしてまちをけん引してくれているのも大きいと思います。高際区長はCCCにふらっと来たり、飲み会に参加してくれたりすることもあるんですよ」
昨年第一子が誕生し、プライベートでは父親となった高田さん。高田さんが仕掛けるさまざまな活動には、親目線の思いもあるようだ。
「家庭と学校という限られた社会で過ごすことの多い子どもたちに、親や先生以外の大人と触れ合える時間が与えられればと思うんです。いろんな大人と出会うことで『こういう仕事があるんだ』『まちでこういう活動ができるんだ』というのを知ることができるし、それが子どもたちの選択肢を広げることにもつながるんじゃないかなって。そんなふうに、子どもたちが何かを得られるようなまちになればいいなと思いますし、僕らもそういう活動をしていきたいですね」
仕事でまちづくりを考える立場としても、住民として暮らす立場としても、「めちゃくちゃ面白いまち」だという池袋。最後に、まちでお気に入りの場所を教えてもらった。
「ひとつは、『STREET KIOSK』(※)。今の時代だからこそ、まちになくてはならない存在だと思います。このまちにいてどれだけ楽しいかと感じられる機会を作っているし、約束せずとも誰かに会える状態も作っている。『だからこのまちで働こう』『だからこのまちに住もう』と思えるような、地域内関係資本にもなっているんじゃないかな。もうひとつは、サンシャインシティ。水族館があるし、お店もたくさんあるし、家族連れのお出掛けにはやっぱり便利なんですよね。子どもが生まれて、今更ながらそのありがたさに気付きました(笑)」
※STREET KIOSK…ストリートやまちなかを、あいさつや会話が生まれる場として育むプログラム。グリーン大通りに暫定設置しているベンチなどのストリートファニチャ―の一部にスタンドを設置し、朝から夜まで日替わりで物販やワークショップなどを展開している。
文:濱岡操緒 写真:北浦汐見