初めてなにかに夢中になった、人生を変えたコーヒーとの出会い。
池袋エリアにスペシャルティコーヒー文化をもたらした「COFFEE VALLEY」。オーナーバリスタの小池司さんはロンドンでコーヒーに出会うまで、なんとコーヒーが飲めなかったそうだ。CULTURE編に引き続き今回は、人生の転機となったコーヒーとの出会いから、これからの未来の話まで、小池さん自身のストーリーを聞かせてもらった。
大学の時はやりたいことがわからなかった
2023年11月でオープンから9周年を迎える「COFFEE VALLEY」。お店のことや自身の人生を振り返りながら、何度も「僕は運がいいんです」と言う小池さん。その最たるものが、人生を変えたコーヒーとの出会いだ。
語学系の大学に通っていた小池さんは、やりたいことが見つからず、卒業後にイギリスのワーキングホリデービザを取得。2年間のロンドン生活を経験することにした。最初こそ日本食レストランで働いていたが、何か新しいことをしようと思い立ち、ローカルのカフェに勤務。そこから人生がガラリと変わっていくことに……。
「カフェにエスプレッソマシンがあって、それで作ったコーヒーがめちゃくちゃ美味しかった。実はコーヒーが飲めなかったんですけれど、そこから飲めるようになって。何度やっても同じ味にならないことが不思議でおもしろくて、ハマりましたね。お店のスタッフにも『お前それしかやらないな』って突っ込まれるくらい、一人でラテアートを練習して。こんなに一つのことに夢中になったのは、人生で初めてのことでした」
周りにラテアートに精通している人がおらず、当時はYouTubeの動画も数えるほどしかないため、同じ動画を繰り返し見て練習する日々。帰国後、より本格的にコーヒーをやろうと東京・渋谷のコーヒー店に入店。そこでの出会いがさらに、小池さんのコーヒー人生を加速させることになる。
「ロンドンでずっと見ていたラテアートの動画に出ていた人が、そのお店にいたんですよ! 入るまで知らなくて、すごく驚きました。お店のほかのメンバーもコーヒー好きの熱い人ばかりで、まるで部活みたいに楽しい職場でした」
一気にコーヒー仲間が増えた小池さんは、ニューヨークで開かれるラテアートの世界大会にも出場。見事4位の成績をおさめるまでに腕を上げていったそう。
「大会前日の夜は緊張で眠れませんでしたけど、本当に楽しかったです。コーヒーを始めて、仲間にも恵まれて、本当に僕はラッキーだなと感じましたね」
独立の舞台は池袋。ディープなところが好き
渋谷のコーヒー店で腕を磨いた小池さんに、今度は独立の話が舞い込む。そして2014年、3階建ての大きなコーヒー店「COFFEE VALLEY」が誕生。当時、池袋のまちでは初のスペシャルティコーヒー店だった。オープン2年目からは独学で習得した自家焙煎もスタート。以来、がむしゃらに営業を続けてきた。
「もう自分にはコーヒーしかないなと思っていたので、独立することを決めました。焙煎はほとんどやりながら覚えていきましたね。最初は小ロットでやっていたんですが、何度も失敗。焼いて、飲んで、美味しくなくて、また焼くを繰り返しながら、だんだん納得のいく豆ができるようになりました」
もともと池袋のまちに少し馴染みがあったという小池さん。再開発が進み、近代化するまちもいいけれど、小池さんは昔ながらの池袋の風景が好きなのだそう。
「池袋は大学の時によく遊びに来ていました。この近くにある南池袋公園の変貌もすごいですが、豊島区全体がどんどん変化しているのを感じます。僕はこのまちのディープで混沌としているところが、昔から結構好きなんです。今はおしゃれなスポットもあるし、昔ながらの路地やチャイナタウンみたいなところもあって、両方が楽しめていいなと思います」
飲食店が好きだという小池さんは、1人でよく食べ歩きや飲み歩きも楽しむそう。お気に入りのお店は?
「『キッチンABC』さんもよく行きますし、『MAISON C』さんというワインバーが気に入っています。こぢんまりとしていて料理が美味しく、店主も気さくですよ。ふらっと気になるお店に行って、おいしいとかイマイチだなとか、1人でつぶやきながら食べるのが好きなんです(笑)」
これからは、寿司を握ろうかな
目標だった10周年まで、あと1年というところまで来た「COFFEE VALLEY」。これからもお店は続いていくが、少し新しい世界を見てみたいという小池さん。これからの人生をどう生きたいか? という、大きな質問をしてみた。
「流れのままに生きてきて、人と幸運に恵まれてここまできました。気づいたらコーヒーのことしかやってこなかったので、いまは少し違うことをやってみたい気持ちがあります。たとえば、別のお店に修行に行ってみるとか。パン屋もいいし、寿司も握ってみたいです。どの世界も奥が深いだろうし、飲食店が好きだから、それぞれの理屈とかスタイルを知りたいという気持ちがあります」
え、もしかして小池さんはコーヒーをやめちゃうんですか?
「もちろんコーヒーはやり続けます。でもなんというか、“コーヒーの周辺”みたいなものを深めたいんです。ほかの業種もコーヒーに繋がると思うし、それがもっといろんな人に向けて、コーヒーの間口を広げることになるかもしれないですから。外の世界のことをもっと学びたいです」
池袋のまちにおいしいコーヒーと、コーヒーのある時間を届けてくれる大事な存在。小池さんの人生もまちと同じように、まだまだ変化を遂げていきそうだ。
文:井上麻子 写真:北浦汐見