COFFEE VALLEY
2014年、池袋エリア初のスペシャリティコーヒー店としてオープンした「COFFEE VALLEY」。週7日営業、幅広い味わいの自家焙煎コーヒーとこだわりのモーニングを用意し、池袋の人たちにコーヒーの魅力を伝えてきた。「10年間やることが目標だった」と、話すオーナーバリスタ・小池 司さんが、あと一歩となる9周年を迎えるいま思うことは。過去と未来のお話を聞かせてもらった。
どんな人でも、好きなコーヒーが見つかる場所
「COFFEE VALLEY」の店舗はけっこう大きい。1階はカウンター、2階はテーブル席、3階は大きな焙煎機が置いてある焙煎所で、客席に使うこともある。オープンする前はビジネスマンの来店を想定していたが、実際に通ってくれるのは周辺に住む地元の人々。それも老若男女幅広い年齢層で驚いたという。
さまざまなお客さんが来るからこそ、メニューもバラエティ豊か。焙煎度の違う各国の豆とドリップやラテなどのオプション、フードはモーニングにもぴったりのパーラー江古田の食パンを使ったトーストを用意するなど、誰もが自分の好きなスタイルでコーヒーを楽しめるようになっている。
「ここに来たら自分の好きなコーヒーが見つかる、というお店にしたいんです。2年目からコーヒー豆をすべて自家焙煎しているんですが、豆本来の個性を活かしながら、浅煎りから深煎りまで10種以上あります。スペシャルティコーヒー=浅煎りじゃなくてもいいと思っていて、面白い香りが好きだったら浅煎りを選べるし、浅煎りが苦手な人は深めを選んでほしい」
コーヒーの飲み方を探求できるのが「THREE PEAKS」。同じコーヒー豆を、ドリップ、マキアート、エスプレッソという3つの方法で飲み比べできるという名物メニューだ。
「コーヒーに馴染みのない方に、どう飲んでもらえるかを考えて生まれたメニューです。3つを飲み比べることでドリップが好きだなとか、エスプレッソは苦手だなとか、それぞれに何か思ってほしくて。これも好みのコーヒーを見つけるきっかけになればいいなと思います」
ひたすらお店をやり続けたら、自然とローカルに馴染んでいた
渋谷のコーヒー店での修業を経て「COFFEE VALLEY」を立ち上げた小池さん。「毎日来られるようなお店にしたい」と思い、オープン当初はとにかく朝から晩まで365日、お正月も休むことなくお店を開け続けた。いつ行っても開いていて、かつ美味しいコーヒーが飲める場所の安心感たるや。それがローカルに愛してもらえる理由なのではないかと小池さんは振り返る。
「本当に大変でしたが、とにかく泥臭くやってきました。コロナを経て20時閉店になってからも、定休日はありません。価格もできるだけ安くするように意識しています。ローカルに根付くお店にしたいと最初から思っていましたが、何かを仕掛ける余裕はとてもなくて(笑)。ただ、今思えばそうやって9年間、毎日お店をやり続けたことが何よりも重要なことで、今に繋がっているのかなと思います」。
自らのことを「ラッキーなんです」と、言う小池さん。常連さんに恵まれたり、お店がオープンした2年後に南池袋公園がリニューアルしたことで、周辺が注目のエリアになったり。もちろん「COFFEE VALLEY」が良いお店だからこそ現在があるのだけれど、このラッキーもまた小池さんが持つパワーなのかもしれない。
「本当にお客さんに恵まれていて、応援してくださる方が多いです。コロナの時はさすがに潰れるかと思いましたが、コーヒー豆をお家で使ってくれる方がいたことで救われました。また南池袋公園がリニューアルして、『RACINES FARM TO PARK(ラシーヌ ファーム トゥー パーク)』さんのようなかっこいいお店が増えたことで、この辺りが“奥渋谷”ならぬ“奥池袋”のように呼ばれるようになったのもうれしい誤算。本当に僕の力じゃなくて、ラッキーでここまで来られたんだと思います」
ちょっとダサいくらいがいい。いろんな要素が混ざり合う池袋が好き
スペシャルティコーヒー店がなかった池袋に、思い切って飛び込んだ小池さん。当時、不安はなかったのだろうか。
「コーヒー屋って陣取り合戦みたいになるので、ライバルがいない土地は狙っていました。いきなりこんな大きなお店をオープンさせるなんて……今だったらできないかもしれません。若かったんですね(笑)」
お酒好きが高じて、コロナ前には池袋周辺のバー5、6店舗と一緒にイベントを開催。各バーで「COFFEE VALLEY」のコーヒー豆を使ったカクテルを出してもらい、すべて回ればコーヒー豆がもらえるというものだ。
「飲み歩いているうちにバーとの繋がりができて、やろうよってなりました。コーヒー屋はコーヒーをそのまま出すことしかできないけれど、バーテンダーさんは組み合わせて新しいドリンクを作ってくれる。よく知っていたはずのコーヒーの違う表情が見えて、すごくおもしろいです。お客さんにとっては、普段入りにくいバーの扉を開く良いきっかけになったイベントだったと思います。またやりたいですね」
池袋のまちに望むことは? と聞くと、「なにもないですね」と、答える小池さん。もともと池袋の良い意味で混沌とした雰囲気が好きで、学生時代によく遊びに来ていたそう。
「池袋のごちゃっとしたところが好きですし、こんなに要素が混ざり合っているまちってあまりないと思うので、他のまちと同じになってしまうのはもったいない。池袋はちょっとダサいくらいのほうがいいと思うんです。だからあまりキレイになりすぎないでほしいです」
2023年の11月で9周年を迎える「COFFEE VALLEY」。目標の10年まであと1年となるいま、未来はどうみえているのだろうか。
「もう少し間口を広げてもいいのかなと思い始めました。これまではコーヒー専門店というスタンスでしたが、カフェっぽくてもいいのかもしれない。タピオカなど飲み物の選択肢が増えてきて、若い人がコーヒーをあまり飲まなくなってきている気がするんです。コーヒーは絶対になくならないけれど、コーヒーを飲んでもらうための工夫は必要かなって。これから考えていきたいと思います」
日常にほっとひと息つける時間をくれるコーヒーショップ。スタイルは変わっても、ただずっとここでコーヒーを淹れ続けるということは変わらなさそうだ。
文:井上麻子 写真:北浦汐見