誰もが誇れるまちを目指して。今自分にできることを一生懸命やりたい
南池袋公園にあるカフェ「RACINES FARM TO PARK」や「Sunshine City SOLARIUM」など、池袋のまちのあちらこちらで見かける鮮やかなアート作品。これらはプロのアーティストと子どもたちが一緒に作品を作り上げるイベント「Kids=Artists~全てのキッズはアーティスト〜」によって完成されたものだ。このイベントの立役者で今回ご紹介する宮副信也さんは、豊島区で70年以上続く老舗調剤薬局の4代目でもある。なぜ、こうしたアートイベントを立ち上げたのか、まちに寄せる思いとともに伺った。
アートとの出会いが新たな扉を開くきっかけに
池袋生まれの池袋育ち。池袋東口にある薬局の4代目という生粋のとしまっ子の宮副さん。「Kids=Artists~全てのキッズはアーティスト〜」と題したイベントを開催するなど、まちと人とアートを結びつける活動を精力的に展開している。そもそも、なぜアートに目を付けたのだろうか。
「僕自身はもともと体育会系。正直、美術やアートと言ったものには無縁の生活を送ってきました。きっかけはコロナ禍。保有するビルに長年入っていたテナントが、コロナの影響で退去してしまったんです。東口の大通りに面したビルだけにガランとした空間のまま放置するのはもったいないなと。そんなとき、空間をどう有効活用できるか、まちの仲間がアートペイントを提案してくれ、鈴木 掌(つかさ)さんを紹介してくれました。鈴木さんはその前年に大塚駅前の建設現場の塀に絵を描かれていて、その評判がすごくて。もし可能であればとお願いしたら快く引き受けてくれました」
2020年7月。ウィンドウのペイントに先立ち、開催されたのがライブイベント。
「ギタリストの兒玉 峻さんが奏でる音色に合わせて、鈴木さんが即興で描いていくんです。そして夜の街に浮かぶように姿を現したのが力強い色彩で描かれたフクロウ。時間にして1時間もないくらい。キャンバスに描き出される過程も、空間も、時間も、そのすべてが僕にとっては新鮮を通り越して衝撃でした。『この絵を自分のものにしたい!』と、発作的に思って、購入を申し出るほど。絵心なんてまったくないはずなのに、不思議なものですね」
まちや自分の成長にもつながるキッズ×アート活動
鈴木さんとの出会いによってアートの魅力を知った宮副さんは、実家があった南池袋公園前のビルの一室をアーティスト達の活動の場として開放することに。
「『STUDIO201』と名づけた活動の第1弾として参加したのが2022年5月に開催された『IKEBUKURO LIVING LOOP』です。『Kids=Artists~全てのキッズはアーティスト〜』と題し、子ども向けのワークショップやライブペイントを行いました。最初に子どもたちがキャンバスに自由に絵を描き、その絵をベースに、個性豊かなプロのアーティスト達がタッチを加えて作品を仕上げる。完成した絵は最終的にまちのカフェや商業施設に飾り、いろんな方に見てもらう。これがKids=Artistsの流れです。魅力は、なんといっても絵の具を塗る子どもたちのイキイキとした表情! 筆だけではなく、手や足を使ったり、中には着ている服にまで色を塗ったりする子も。いつもは洋服を汚すと怒られるのに、この日ばかりはパパやママからのお咎めもなし。なぜなら、彼らのやっていることは、“いたずら”でも“悪ふざけ”でもなく、“アート”だから」
Photo by Marble Design
そしてアーティストたちが登場すると雰囲気が一変する。
「参加するアーティストは、鈴木さんが声をかけてくれた方々で作風や描き方もそれぞれ。彼らが横並びで一斉にキャンバスに向き合うと空気がピーンと張り詰めます。子どもたちが描いた絵と対峙し、その絵から何を感じ、どう生かすかを考えながら、スピーディーかつ大胆にペイントをはじめる。すると、さっきまでキャッキャとはしゃいでいた子どもたちも、一転、真剣な眼差しに。自分たちの絵がどんどん変化していく様子を食い入るように見ているんです。その表情や目の輝きが頼もしくて。あるアーティストは、子どもが描いた可愛いネコの絵の隣に、イヌの絵を描き足してくれました。ネコを描いた子は大喜びです。自分たちとプロが共同してひとつの作品を作る。その過程を体感できるって貴重な経験ですよね」
Photo by Marble Design
さらに、仕上がった作品をまちに展示することで、さまざまな効果も。
「自分とプロのアーティストが創り上げた作品が大勢の人に見てもらえるなんて、子どもにしてみれば、ものすごい自慢になりますよね。『すごいね!』と褒められることで自信にもつながります。本人はもとより親御さんだって鼻高々。アーティストにとっても、子どもたちとの関わりが今までにない刺激になっているようです。僕自身、このプロジェクトを立ち上げたことで、単なるイベントという“コト”にとどまることなく、形として残り、人やまちの成長にもつながるのではという期待や未来を感じ取れたことが実はとても大きいんです」
そして昨年開催されたIKEBUKURO LIVING LOOP 2022のマーケット内にて、このプログラムを通じて生まれた、子どもたちとアーティストによる全16作品を展示・販売するイベントが、池袋東口にある「P-144」にて開催中。アート作品は地下1階から3階のあちこちに展示され、ビル全体を彩っている。
心の松明を灯し続け、まちを人を明るく照らしたい
宮副さんの池袋というまちへの思いの大きさは、自身のルーツが深く関わっているそう。
「戦前から曽祖父が、池袋東口の今とは別の場所で薬局を営んでいました。戦後、昭和25年に祖父母ががれきを片付けて今の場所(グリーン大通り)に建てたのが平和堂薬局の始まりです。薬局というのは、昔から地域の方が薬のことで困ったら相談に乗ってきた場所。僕自身は薬剤師の道は選びませんでしたが、それでも何かの形でまちの役に立ちたいとずっと思っていました」
まちづくりへの興味が湧いたのは30代になってからだとか。
「MBAを取得するために2010年にカナダの大学院へ留学し、日本に帰国したのは17年。そこで驚いたのが池袋の変わりようです。かつてはダークなイメージしかなかった自宅の目の前にある南池袋公園は、緑の芝生が広がり、ベビーカーを押したママたちが楽しそうにおしゃべりをし、子どもたちが走り回っている。その変化を目の当たりにしたとき、本気でこのまちをよくしたいと思い、行動に移している人たちがいることに気づいたんです。それで僕のスイッチが入りました。そこから鈴木さんをはじめ、いろんな方々に出会い、刺激をたくさん受けた。公園の整備もアーティストの活動も薬局を維持することも、決して一過性のものではなく、継続してこそ意味があるもの。そのためには、小さくてもいいから風が吹いても消えない松明を心にもつことが大切だということにも気づきました。心の松明に火を灯し続ければ周りを明るく照らせるし、人の松明に火種を分け与えることができる。そうした個々の松明が集まって大きく暖かな光となることがまちづくりなんじゃないかな」
池袋のまちの変化を見届けてきた宮副さんにとってお気に入りの場所やお店はどこなのだろうか。
「防災機能を持ち合わせながらも、子どもたちがのびのびと過ごせるイケ・サンパークは10歳の娘と7歳の息子のお気に入りの遊び場です。食事するなら、僕が幼い頃から家族で通っていたイタリア料理の「nobu」。昔からここのベーコンとキノコの味噌クリームパスタが大好き。物心ついたときから食べていますが今も変わらず美味しくて。池袋にはこうした昔から変わらない場所、変化した場所、新しくできた場所があっていつも楽しませてくれる。このまちで生まれ育った子どもたちにとって誇れるまちにしたい。そう思っている、僕の心の松明は今、かなり燃えていますよ!」
文:堀 朋子 写真:長 紅奈見
※掲載されている一部の画像については、取材先よりご提供いただいております。
▼「Kids = Artists Exhibition – A Look Back on 2022-」開催概要
日程:2023年3月17日(金)~4月16日(日)
会場:P-144(ピーイチヨンヨン)
豊島区東池袋1丁目4-4
問合せ:P-144(info.P-144@goodmornings.co.jp)