洋食 UCHOUTEN
誰が言い始めたのか、池袋には“ハンバーグ四天王”と呼ばれるお店がある。その一つが、豊島区役所の真向かいにある「ウチョウテン」。今でこそ行列のできる超人気店だけど、池袋に移転した当初はハンバーグも売れなかったという意外な過去も。ユーモアたっぷりの店主・柴田哲秀さんと、一緒にお店を支える2人の息子さんも交えて、波乱万丈なウチョウテン物語を聞かせてもらった。
鳴かず飛ばずの7年間。転機はあの有名グルメ番組
言わずと知れたハンバーグが人気の有名洋食店「ウチョウテン」。さぞきらびやかなエピソードが出てくるかと思いきや、「最初の7年間は赤字だったんだよ」と、笑う柴田さん。1993年、大田区石川台で「ウチョウテン」の前身となる「カレーハウスドン」を始めた。順調に人気店へと成長し、さらなる飛躍を目指すべく、23年前に南池袋の地へ進出するも、それが苦難の幕開けだった。
「知り合いがこのビルのオーナーでさ、近くにサンシャインシティもあるし『これはいける!』と確信して2号店を出したんだよ。そしたら全然お客さんが来なくて、7年間赤字。土曜の夜はお客ゼロとかね。売れないアイドルのコンサートみたいだったよ(笑)」
今では不動の一番人気メニューであるハンバーグも、当時は売れなかった。焼くのに15分かかるハンバーグよりも、ニーズがあるのは早く食べられるランチ。洋食屋をやりたかった柴田さんは毎日魚をさばき、680円の定食を売った。
やがてスタッフが去り、柴田さんと奥さんの二人体制になったあたりで、大きな転機が到来する。
「『どっちの料理ショー』っていうテレビ番組が拾ってくれたの。その時は生姜焼きの応援団として出たんだけど、プロデューサーさんがうちをほかの番組でも使ってくれるようになった。ハンバーグは道場六三郎さんが出ていた『裸の少年』がきっかけで広まったかなぁ。テレビがなかったら、本当にやばかったよ!」
テレビ映えする柴田さんのキャラクターも相まって(?)、お店の名前はテレビを通して全国区に。食べてもらえれば、美味しい噂は自然と広まる。黒毛和牛をふんだんに使ったウチョウテンのハンバーグは瞬く間に看板メニューとなり、池袋の四天王と言われるまでに成長した。
「お客さんに来てもらえるようになって本当にうれしいね。無名な時はビラを配ったりしてさ。全然もらってくれなくて『俺の見た目がイケてないのかぁ?』なんて悩んだよ。あはははは」
ソースもハンバーグも黒毛和牛
「ウチョウテン」のハンバーグは、なんといっても素材が最高級。柴田さんいわく“日本一原価がかかっているハンバーグ”だ。A5ランクの黒毛和牛をふんだんに使い、デミグラスソースも黒毛和牛のスネとスジを使って煮込む。ソースまで黒毛和牛でやっているのは、ここだけではないかという。
「2010年の狂牛病の時にね、今お世話になっている肉の卸問屋さんが黒毛和牛を使わないかって声かけてくれたの。先方も困っていたのか、安く卸してくれてね。問屋さんもこだわりがすごくて、挽肉にする時に摩擦で熱が加えられないように、ミンサーごと冷蔵庫に入れてキンキンに冷やして使ってるんだよ。挽く人は冷たくて大変らしいけれど(笑)」
ハンバーグのつなぎは、わずかな生パン粉のみ。黒毛和牛の挽肉と豚挽肉を3:1の割合で合わせるのが、最高の味わいのバランスを生む柴田さんの黄金比だ。
デミグラスソースの仕込みは、8年前からお店を手伝う次男・倉徳さんが担当。仕込みには朝6時前から夜の9時までと時間がかかる。新しく仕込んだソース、通称「ベイビー」を「ファイナル」と呼ぶ元のデミグラスソースに継ぎ足す形で、その味を大切に紡いできた。赤ワインを使わないのは、“世界一ごはんに合うハンバーグ”に仕上げるため。
「うちのハンバーグはパンじゃなくてご飯に合うことを一番に考えているから、使うのは黒毛和牛と野菜だけ。ストレートに黒毛和牛の旨さが感じられる。冷蔵庫に入れても2日間しかもたないから、旅行に行けないのがネックだけど、若い人が本物のデミグラスソースを食べて『初めて食べる味だ!』って言ってくれたらうれしいよね」
オーブンでじっくり焼き上げた熱々のハンバーグは、箸を入れると肉汁が溢れ出す。外はしっかり、中はふんわり。濃いお肉の旨味と、ほんのり甘味のあるデミグラスソース、そこに白米が絡むともうたまらない。サイドに付いている黄身とろとろの目玉焼きもまた、すごくいい。これは本当に、世界一ごはんに合うかも。
息子2人が活躍。池袋を盛り上げるため、父は外に出ます!?
現在「ウチョウテン」を切り盛りしている、同じヘアスタイルの男性3人。柴田さんと2人の息子さんだ。次男の倉徳さん(写真:右)は厨房を、サービス担当の長男・真宗さん(写真:左)は、病気で療養している奥様の代わりに店に戻ってきてくれた。頼もしい息子たちに感謝しつつ、柴田さんはお店や彼らの将来に思いを馳せる。
「引き継いでくれてすごくうれしいけれど、二人ともまだ若いからね。長男は自分のラーメン店を開こうと準備していた矢先に、かみさんが倒れてしまったから、未来のことはわからないね。かみさんはこうして男3人でお店をやっていることを喜んでいるけれど」
心配する柴田さんの横で、長男の真宗さんは「もっとうちの料理を多くの人に食べてもらいたい」と、前向きだ。
「もっともっといろんな人に食べてほしいから、親父をガンガン使ってください(笑)。今まで店の外でイベントに出たりしたことはなかったけれど、もうこれからはできるので。池袋のまちを盛り上げるために、どこへでも親父を引っ張り出してもらって大丈夫です」
なんという新展開。まちのマルシェやイベントでウチョウテンさんのハンバーグが食べられたら盛り上がりそう。23年間柴田さん夫婦が守ってきたウチョウテンに、新しい風が吹きそうな予感だ。そんな彼らに池袋で好きな場所を聞くと、次男倉徳さんが思い出のお店を教えてくれた。
「最近は行けていないけれど、小学生くらいの時から家族でよく行っていたのが、南池袋の『無敵家』さんですね。豚骨ベースの濃厚なスープがおいしくて。本丸麺をよく食べていました」
常にジョークを飛ばす店主と、父と母が守ってきたお店を引き継ぐ2人の息子。この3人チームがつくっていくウチョウテンのこれからをたのしみにしたい。
文:井上麻子 写真:北浦汐見